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結局、指宿には十日間も逗留してしまった。でも今日、重い腰を上げ、ようやく指宿を発つ。
とはいっても先に進むのではなく、この日をもって二ヶ月にも及んだ九州の旅を終わらせるのである。
そう、わたしの九州一周はここで幕を閉じる。
ここでやめていいのか?
自転車を降りていいのか?
本当に後悔しないのか?
この三日間、わたしなりに熟考を重ね、自問自答を繰り返してきた。
ここで終了するのではなく、どうにかして旅を続けられないものか。自分なりに模索もした。冬の間、指宿で働いてお金を貯め、暖かくなる春を待って沖縄に渡るとか。その計画を堀さんに明かすと、「あそこで働けばいいわ」と堀さんは知り合いの旅館に電話をしてくれた。しかし生憎、人手は足りていた。
もちろん、わたしが熱意を持って探せば雇ってくれるところはあったのかもしれない。
しかし、わたしにはその熱意はおろか、体を動かそうという気力さえなかった。心身ともに疲れ果ててしまっていたのである。
しばらくの間、指宿に滞在していれば回復するだろうという期待も虚しく、よくなるところが、三日ほど前からけっこうな風邪を引いていた。喉の痛みは治まったものの、依然、鼻水や咳は止まらない。
きっとこれは、旅を切り上げて帰れってことなんだろう。わたしはそう解釈し、帰宅という決断を下した。
井上先生には、本当にお世話になった。三日前からは、入院している男性スタッフの一軒家に、管理人という名目で住まわせてもらっていた。
体に異常をきたしていないかと血液検査を行ってくれたり、風邪を引いた時には早く治るようにと点滴を打ってくれたこともあった。もちろん、すべてタダだ。
またある時には、井上先生の代役として町内会の会合みたいなものに出席し、美味しい焼肉にあるつくこともできた。
またある時には、大ウナギが生息するという池田湖に連れて行ってもらい、黒豚バーガーなる地元の名物料理を食べさせてもらったこともあった。
その他にもいろいろ。片手の指では足りないほどごちそうになっていた。
井上先生には、秘かに温めていたプランがあった。それは、指宿の街を盛り上げるため、以前、診療所として使っていた場所に食堂を開くことであった。で、いつの間にやら、わたしがそこを手伝うという話が進んでいた。
しかしわたしは気が重かった。わたしのことも考えて仕事を与えてくれるというのはとっても有難かったのだが、果たしてわたしに務まるのだろうか。またウツの症状が出てしまうのではないだろうか。正直、プレッシャーだった。
ここまで散々お世話になっておきながら、断るのは本当に心苦しかった。でもこれ以上、計画が進行してから言い出すと余計迷惑がかかる。そう思い、昨日、井上先生がわたしの元を訪れた際、食堂を手伝う話は丁重に辞退し、帰宅することを告げた。
「よかったんじゃない? ここでわたしに出会ったということは。九州にわたし以上にいい人はおらんけん。そう思って帰った方がいい。旅は暖かい時にやるもん。寒い時にやるもんじゃない」
非難を受けることを覚悟していたわたしは、その暖かい言葉を耳にして胸のつかえが下りる思いだった。と同時に、井上先生の器の大きさに目頭を熱くした。
寝袋にくるまっているわたしは、ぼんやりとした頭でテレビの画面に目を向けながら、十日間にも及んだ指宿での滞在を回想している。
井上先生に切り出すまでは気が重かったが、実際、口にしてみると、迷っていた自分の気持ちにケリをつけることができた。
まあ正直、これで旅も終わりかと思うと、やはり感慨深いものがありますけどね。でもそれもちょっとだけ。自分でも驚くくらい普段と変わりはない。
やはり、現時点で自分のやれることはすべてやった。それでこういう結果になったのならそれはそれで仕方がない。そんな思いが胸の中にはある。
それに今回は、北海道の時とは違って一周することには最初からこだわっていなかった。これは負け惜しみでもなんでもなく、一周せずに途中で自転車を降りることになると自分はどう感じるのか。それを知りたかったというのもある。ある意味、これは自分の望んでいた形。北海道の時とはまた別の経験をしてみたかったのである。
で、どうでしょう。自分の心の中を深く覗いてみる。それなりに落胆するかと思いきや、意外とそうでもない。やはり、現時点では精一杯のことはやったんだという満足感、そして清々しい感情がそこにはあった。
北海道の時は一周したいという思いが強過ぎたためか、正直、あまり心に余裕が持てなかった。だが、今回は一周という目標を強く設定していなかったため、かなり旅を楽しめたんじゃないかと思う。北海道の時とはまた違った経験ができたと思えば、これはこれでよかったんじゃないだろうか。

午前九時半、三日間お世話になった一軒家を後にし、いぶすき情報プラザへ。堀さんとスタッフに、お世話になったお礼を述べる。以前、堀さんから「何かメッセージとサインを」と頼まれていたため、延岡の児玉さんの旦那さんから贈られた言葉と自分の名前を色紙に記す。
堀さんによれば、井上先生がこちらに向かっているとのこと。到着するまでの間、自転車を電車に載せるための輪行作業を済ませておくことにした。
しかしまともに体を動かすのは三日ぶり。動きがすこぶる緩慢。頭がうまく回らない。「次はこう」と脳に指令を出すのだが、実際に手が動き出すには、二、三秒のタイムラグがある。風邪もまだ完全には治っていないしなあ。この状態で自転車とたくさんの荷物を抱えて列車を乗り継いで帰るのは、かなりしんどいものがあるだろう。
のろのろとタイヤを外していると、井上先生が車に乗って現れた。固く握手して別れの挨拶。今日は、幾分気が楽です。
井上先生が去り、再び輪行作業。えーと、次はキャリアを外してと。六角レンチを使い、フレームとキャリアを固定してあるナットを回していく。
ん? なんかおかしいぞ。ナットを外さなくても、少し触っただけで勝手にキャリアがグラグラと動くのだ。いやーな予感。途端に背筋に寒気が走る。
恐る恐るキャリアを引っ張りながら、視線を下にずらしていく。
「うわーっ! マジかよ!」
なんと、都井岬で修理したはずのキャリアが、溶接した箇所で再びポッキリと折れていた。
途端にカーッと体が熱くなる。と思ったら今度はサーッと血の気が引いていく。上昇していたエレベータが突然、急降下を始めた。そんな感じ。
都井岬での修理で完全に直ったと思っていただけに、この事態は一ミリも予想していなかった。
必死に心を落ち着かせながら、打開策を講じる。すぐに電車に乗るため、当面は問題ない。問題なのは、自転車を組み立てた後だ。実は、途中、寄り道しながら帰宅するつもりでいる。しかしこの状態では荷物を載せて走ることは到底不可能だ。となると、この時点で修理するのが得策だ。さあ、どうする?
「自転車のことなら自転車屋だろう」そう思い、近くの自転車屋に駆け込み、店主に頼み込んだ。でも「ウチではできませんねー」とあえなく断られた。うっわー、マジですか。「自転車屋でしょ。なんとかなるでしょ」必死にすがるも、店主は眉一つ動かさず「ダメですね」
これ以上ないくらい肩を落とし、二軒目の自転車屋へ向かうもやっぱダメ。でも、「自動車工場ならやってくれる」というありがたいアドバイスを受けた。そうだった。都井岬で折れた際も、自動車工場で修理をしてもらっていた。
なんとしても、午後〇時三十四分発の鹿児島行きに乗りたい。実は、今晩は延岡の児玉さんのお宅に泊めてもらう予定なのだ。とはいっても、あくまでも自分の中での予定。児玉さんの予定には入っていない。まだ許可を取っていないんですよねえ。あ、いや、児玉さんなら当日に連絡しても大丈夫かなあと思って。
もちろん明日以降に出発を延期してもいいのだが、明日になったら気が変わっていそうで恐ろしい。せっかく行く気になったのだ。気が変わらないうちに、どうしても今日、指宿を発っておきたい。
「小牟礼自動車」の看板が掲げれている敷地に入る。建物の中で何かの作業をしていたおじさんに、キャリアの折れた箇所を見せて溶接してもらうように頼み込む。でも、「他の仕事があるから今すぐ出来ないな。二日くらいかかるね」と目も合わせようとせずに素っ気無く断られた。
おいおい、二日って。そんなに待つのかよ。こんなのくっつけるの、十分もあれば充分だろう。
とはいえ、もちろんこれはこっちの勝手な都合。注文の順番を守ろうというのはよくわかるが、なんとしてもわたしは今日、電車に乗りたいのだ。
さすがにストレートに言っては無理だろう。「そこをなんとかなりませんかねぇ。実は新潟から来てるんですよぉ」相手の同情を引かせる作戦に打って出る。これだけでは弱いかと思い、「今日、どうしても帰らなければならないんですよ」と嘘もつく。ダメ押しに、これ以上ないくらい困った顔も加えておいた。
するとそれが奏功したのか、固かったおじさんの表情もほんのわずかだが崩れ、「こっちに持ってきて」とぶっきら棒ながらも、わたしの無茶な要望に答えてくれた。
よしっ! 
溶接の知識なんてないので詳しいことはわからないが、おじさんによれば、溶接にはいくつかの種類があり、都井岬で修理した時には、スチール製であるキャリアに合った溶接が施されていなかったのではないかとのこと。
おじさんがハンダゴテを操り、慣れた手つきで折れた箇所をつなぎ合わせていく。五分とかからず終了した。ダマが出来てかなり醜悪なキャリアになってしまったが、さすがにそんなことが気になるのは図々しいでしょう。すぐにやってもらっただけでこっちはありがたいのだ。
しかも、なんと料金はタダだという。うそ、マジで? さすがのわたしでも申し別ない。しかし何度「払いますから」と言っても、「いいから」の一点張り。電車の時間も迫っていることもあり、結局、ご厚意に甘えることにした。

急いでいぶすき情報プラザに戻り、中途になっていた輪行作業に取り掛かる。ところが、取り外したナットをどこかにやってしまうという大失態。ケータイを見ると、発車時刻までは残り二十分だ。アーッ。ダーッ。もー。なんだよー。急いでいるのにー。
あーあ。なんてこったい。昨日まではのんびりしていたのに、今日はこんなに焦ることになろうとは。
半分諦めつつも、それでもなんとか探し出す。やっとの思いで、輪行袋にバラした自転車を押し込んだ。残り五分。情報プラザの男性スタッフに手伝ってもらい急いで指宿駅へ向かった。
延岡までの運賃を確認している時間がないので、初乗り運賃の切符を買って改札を抜ける。すると、ホームにわたしが乗る鹿児島行きの電車がすでに入っているのが見えた。よし、なんとか間に合いそうだ。「いやー、乗り遅れちゃいまして」って戻ってきたらカッコ悪いもんなあ。
車内に、自転車、荷物をすべて運び入れ終わった瞬間、プシューっという音とともにドアが閉まった。なに、このギリギリ感。すでに十一月だというのにどっど汗が噴き出てきた。
でも、「これ、これ。これが旅なんだよな」と久しく忘れていた緊張感を思い出し、それを楽しんでいる自分もどこかにいた。
しかし、体の方はそう簡単には戻らない。たださえ病み上がりだというのに、頭がボーっとしている。重い体を引きずりながら空いている席を探すのにも一苦労だ。
どりゃー! ドア付近の四人掛けシートに、怒りに任せてザックを放り投げなんとか確保。仁王立ちでペットボトルの水をヤケクソ気味に喉に流し込む。周囲から冷たい視線を感じるが、「なんか文句あっか!」と心の中で叫ぶ。
頭も体も思うように働いてくれないせいか、ちょっとしたことでイライラする。しかし、まだこれで終わりではない。自宅のある新潟までたどり着かないとならないのだ。大分―神戸間はフェリーを利用するが、残りはお金節約のためすべて普通列車。しかも今回は、寄り道、道草が裏テーマ。途中、何箇所か寄らなければならないところがある。いや、ならないってことはないが、そうしないことには何かスッキリしない。
興奮していた気持ちも幾分落ち着きを取り戻し、ようやく心に余裕が出てきた。ふと車窓を眺める。曇り空の下、錦江湾が静かに広がっていた。
もし今回の旅の続きをやるとしたら、スタート地点はやはり指宿になるだろう。
果たして、再び指宿の地を訪れる日はやって来るのだろうか?
わからない。やれればやるし、やれなければやらない。それまでのことだ。考えても答えは出てこない。
いわゆる、神のみぞ知る、ってヤツだ。
もういいや。考えるのはよそう。
ともあれ、九州の旅、これにて終了。
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【2015/05/31 09:44】 | 2010年11月
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暗闇の中、目を覚ます。時刻を知るためケータイを手に取ると、待ち受け画面は午前四時七分を表示していた。と、ここで、今日が十一月一日ということに気がつく。
そっかあ。とうとう十一月かあ……。まさかこの時期まで九州にいるとは思ってもみなかった。
……いや違うな。いてもおかしくないとは思っていたが、まさか十一月の時点で鹿児島にいるとは思っていなかった。仮にこれまでのペースで走るとなると、一周を終える頃には完全に冬を迎えているだろう。いくら地元の新潟に比べ九州は暖かいとはいえ、それなりの寒さは覚悟しないといけない。
いや、そもそも一周できるかどうか……。
不安のためか目が冴えてしまう。これ以上眠れそうにないので日記をつけることにした。今書いているのは、水口家におじゃまする少し手前。最近、著しく気分が低下しているためか、以前にも増して進行具合がよろしくない。正直かなり負担になってきている。これからは少しはしょって書いていこうかな。
それでもなんとか頑張ってペンを走らせていく。すでに朝の六時を迎えているというのに、辺りは薄暗い。というか、これからますます日が短くなっていく。つまりそれは、昼間しか走らないわたしの走行時間が短くなっていくことを意味する。はーっ。そう思うだけで憂鬱な気分。
いかん、いかん。落ち込んではいかん。わたしは暗い気分を振り払うかのように頭を左右に激しく振った。今日は月替わりを迎えたんだ。気持ちを新たにするには絶好の日ではないか。そうだ! 切り替え、切り替え。よし、今日は指宿まで走る! そう心の中で強く決める。
指宿は、砂蒸し温泉で有名な鹿児島を代表する温泉観光地。何度かテレビで、浴衣姿の芸能人が砂浜に埋められている映像を目にしたことがあった。砂蒸し温泉とは、砂浜の下を流れる熱い温泉によって体を温めるというユニークな入浴法である。
少し興味は覚えたものの、入らないだろうなあ、わたし。お金はかかるし、熱いの苦手だし。
指宿を今日の目的地に定めたのには理由がある。実は指宿には、都城でお世話になった水口さんの知り合いの堀さんという方がいて、そこで泊めてもらえるかもしれないというのである。
とはいえ、水口さんのことなのでまったく安心はできないのですが……(前回紹介してもらった宮崎では、当人不在で宿泊を断念していた)。
気合が入っているせいか、いつもより早い四十五分でパッキング完了。
フェリーターミナルに向け、わたしは強くペダルを踏み込んだ。

フェリーに乗船。通勤時間帯にぶつかるだろなあ、と思っていたらまさにその通り。悠々と座席を確保したわたしの後から、続々と人が乗り込んできた。九割方、スーツ姿や学生服姿の通勤&通学客。あっという間に座席はいっぱい。通路にまで人が溢れている。
鬱陶しいなあ。せわしないなあ。おかげで関係のないこっちまで通勤気分。旅の情緒はまるでナシ。
しかし、前方に設置されたテレビから流れてくる『やじうまテレビ』を見ていたら、そんな気分も徐々に薄れていった。画面の端には鹿児島各地の天気が次々に表示されていくのだが、見慣れない地名のためか、なんだかそれが新鮮に感じられ、「自分は今、旅をしているんだよなあ」という感慨が心の底からジワジワと湧き起こってきたのである。
「鹿児島」や「指宿」ならもちろん知っている。でも「薩摩川内」なんかははじめて耳にする地名だ。一体どこにあるんでしょうかねえ。というか、そもそも読み方すらわからない。こんなことで旅を実感できるのもまた面白い。
フェリーが港に近づいたところで席を立つ。昨日、接岸してから甲板へ降りていったら、係員に早く降りるように急かされたのです。
下船後、一キロほど先にある、屋久島便が発着しているフェーリーターミナルに立ち寄る。いやなんとなく。運賃が片道六千百円(自転車込み)もするのに驚いた。ということは、往復で一万二千円か。今回は資金の問題で寄らないが、いつの日か行ってみたいものである。
国道二二五号線を南下。車線が多い。車の台数も多い。さすが鹿児島市。都会だよなあ。九州入りしてから一番大きな街かも。
たまにはこうやって都会を走るのも、気分が変わって悪くはない。でもどこか早く抜け出したい気持ちがあるらしく、無意識にスピードを上げてしまう。心のどこかに、早く指宿に着いてしまいたいという思いがあるのかもしれない。
左手に鴨池球場。時々、プロ野球の公式戦が開催されるため、名前だけは知っていた。
へー、こんなところにあったのか。寄ろうかどうか思案していたら、そのまま通り過ぎてしまった。
今度はマックスバリュー。買い出しのためここでは寄ることに。
いくら南国の鹿児島とはいえ、さすがに十一月ともなると、「寒い」という言葉が自然と口をついて出てくるようになった。それでも少し走れば体は温まる。ザックを背負っている背中に汗を感じたため、ここで上に羽織っていた薄手のコロンビアのジャケットを脱ぐことにした。ちなみに足元は……しばらくはサンダルで大丈夫かな。耐え切れなくなったら、どこかで長靴を購入しよう。なんていったって、降雨時の耐水性はバッチリだ。しかも値段も安い。二千円も出せばそれなりにものは買えるでしょう。
そんなことを考えながら、買ったばかりのおにぎり二つを食べ終えた。

道は国道二二六号線と名前を変え、指宿枕崎線の線路と並行して錦江湾沿いを延びていく。街を抜けると、周囲の様子は一変。山と海、時折、民家が現れるだけのすこぶる退屈な道となった。
ふわー。なんだか気分が乗らないためか、欠伸も出てきた。
お金を下ろすため、ファミリーマートに立ち寄る。本当はセブンイレブンがよかったのですが。というのも、わたしが口座を開いている銀行は、セブンイレブンのATMなら手数料がかからずに下ろすことができるのです。
ところが、鹿児島県下にはセブンイレブンが一店もなかった。そう、セブンイレブンは鹿児島県には出店していないのである。志布志でお世話になった岡留さんから聞いていた。
はっきり言って、これには驚かされた。いやだって、日本のコンビニ業界では最大の店舗数を誇るセブンイレブン様ですよ。鹿児島県にもあると思うのが普通じゃないですか。もっと言ってしまえば、各都道府県には必ずあるとわたしは思っていた。
まあ、ここで愚痴を言っていても仕方がない。とっととATMコーナーへ。しかし暗証番号を押すもなぜか照合不能。押し間違えたのかと思い、もう一度。でもダメ。うそ。マジかよ。少し熱くなった頭の中に、いつも押しているであろう数字を並べ、その通りに、今度は一つ一つ確かめるように丁寧に押していく。でもやっぱダメ。おかしい。おかしいぞ。カーッ。頭に血が上りたちまちパニック。躍起になって押しまくっていると、とうとう画面には、「お取り扱いできません」の文字が表示された。
がーん。マジですか。
なぜこういう事態に陥ったのかはわからないが、お金を引き出せないことだけはよくわかった。これまで何十回と押してきたにもかかわらず、どうやら暗証番号を忘れしてしまったようである。
実を言うと、以前からその兆候はあった。昔、一人暮らしをしていた時に使用していた電話番号の一部を暗証番号として採用しているのだが、正直、これが覚えにくくて仕方がなかった。すぐに思い出せないことも一度や二度ではなかった。
あーあ。どうないしよう……。一人、店内で頭を抱えるわたし。これはかなり困ったことになったぞ。
いや待てよ。結論を出すのはまだ早い。こっちは大手銀行とは違ってマイナーな地方銀行。きっとファミリーマートでは下ろせないだけ。他のコンビニなら下ろせるはずだ。
まるで根拠はないのだが、そう言い聞かせないことには、次から次へと不安の波が押し寄せてきて仕方がなかった。
浮き足立った気持ちを鎮める意味もあり、はす向かいの道の駅「喜入」へと足を運ぶ。しかし頭に浮かんでくるのは先ほどの一件のことばかり。目の前のことなんかまるで頭に入ってきやしない。あーあ。これを解決せんことには落ち着かない。
クラクラした頭で自転車を漕いでいく。真っ直ぐに走れている自信はありません。
途中でサンクスを発見。「おそらくここなら大丈夫でしょう」そんな希望的観測を抱いて緊張しながら店内へ。脇目も振らず一直線にATMコーナーへ向かった。
でもダメでした。キャッシュカードを投入するも、今度は暗証番号すら押させてくれない。画面には、「お取り扱いできません」という文字が有無も言わさず現れた。それは、はっきりと、くっきりと。
うわー、もうどうすりゃいいんだよ。画面を叩き割りたい衝動に駆られる。でもさすがにそれは思い留まった。
まったくー、どうすんだよ、これ。財布には残り四千円しかないんだぞ。あと二、三日しかもたないんだぞ。ちょっとどころかかなりヤバイ状況でしょう、これ。
このままお金を下ろせないとなると……。
ゾーッ。たちまち寒気が全身を襲った。
ATMではなく、どこか銀行へ行って訊くしかないか。とりあえず結論をそう出し、よろよろと自転車の元へと歩いていく。
銀行を求めて自転車を走らせる。気分はどんより沈んだまま。心臓はさっきから早鐘を打ち続けている。当然周りの景色を楽しめる余裕なんてあるわけない。弱ったなー。困ったなー。頭の中はそんな言葉でいっぱいだ。

左手に鹿児島銀行が現れた。念のため、ATMコーナーで試してみるもやはりダメ。こうなったらわたしの手ではどうすることもできない。完全にお手上げだ。
そう思ったら、不思議と少し気が楽になった。いくらジタバタしたって、解決しないならするだけ無駄でしょう。きっとそんな諦観の念が、わたしの中に湧き起こったのだ。
こうなったら大手を振って他力本願。後は誰かに何とかしてもらうしか他ない。財布に突っ込んであったレシートを取り出し、ATMの画面に表示された文言をレシートの裏側に書き入れ、窓口にそれを出し、事情を説明する。
「ちょっと待ってください」頭の禿げ上がった年配の男性行員が、わたしから受け取ったレシートに目を落とし、しばし考え込む。「お客様、カードを作られた銀行に電話してもよろしいでしょうか」
無論、異論はない。もう誰かにすがるしか手はないのだ。
ほどなくして、受話器を持って話をしていた男性行員が、その受話器をわたしの前に差し出してきた。
「お客様が直接話をされた方がよろしいかと」
受話器を受け取り、まくしたてるようにこれまでの経緯を説明していく。すると、ここで信じられない言葉が。
「お客様、申し訳ありません。暗証番号を六回押して照合されない場合には、防犯防止のため、自動的にロックがかかる仕組みになっております」電話口の女性行員の声は気味が悪いほど落ち着いていた。「そうなってしまうともう二度とそのカードは使用することができません」
えっ。使えない? うそだろ。わたしは耳を疑った。「きっとこれは悪い冗談だろう」、とさえ思った。
いやだって、たかが暗証番号を押し間違えたくらいで使えなくなるって。そんなことがあるわけがない。っていうか、そっちの操作でなんとかならんのかよ。こっちは客だぞ。なんとかするのが仕事だろう。というようなことを、努めて冷静に訴えていく。
しかし「すいません」の一点張り。無情にも却下されてしまった。
がーん。マジかよ。本当に、そこをなんとかならんのかよ……。しかし「新しいカードを作るしかありません」と女性行員の冷たい声。
は? 新しいカード? お嬢さん、馬鹿言っちゃあいけねえぜ。こっちはどこにいるかわかって言ってんのかよ。鹿児島だぞ。新潟から千五百キロも離れた鹿児島にいるんだぞ。カードを作るためだけに新潟まで戻って、それでまた旅を続けろっていうのかよ。
「本当になんとかなりませんかね……」おそらく無理だろう、ということを悟りながらもわたしは諦めきれないでいた。情けないことに声はすっかり弱々しくなっている。「わたし今、鹿児島児にいるんですよぉ……」
そんなわたしの往生際の悪さが功を奏したのか、しばらくすると、女性行員は新たな手をひねり出してくれた。
「……そうですねぇ。お客様が郵便局のキャッシュカードを持っていれば、ご家族の方に送金してもらうという方法がありますが……」
おお。なるほど。その手があったか。それはまったく頭になかったぞ。幸い郵便局のカードなら、ある。
その後、兄に電話。泣きついてなんとか工面してもらった。
ドコモショップで、休憩を兼ねた充電。タダのお茶をすすりながら菓子パンの昼食。
はーっ。ちょっと脱力感。なんとかなると思ったら、気が抜けてしまったようだ。ほんと一時は、どうなることかと思ったもんなあ。

午後二時、指宿駅に到着。駅前には、温泉観光地らしく足湯が設置されてあった。
堀さんに電話。受話器の向こうからは、「今シャッターを上げているからそこから見えるんじゃない?」との女性の声。
ケータイを手にしながら辺りを見回す。すると、駅前から真っ直ぐ延びる商店街の一角に、ケータイを耳に当てたご婦人の姿が目に入った。駅からは五十メートルほど離れた場所。
「あー、はい、はい。わかりました。今からそちらへ向かいます」
ケータイを切り、そのご婦人の元へ自転車を走らせる。
着いた建物は、『いぶすき情報プラザ』という指宿の観光情報発信基地であった。ここの主が堀さん。月曜日の今日は休みなのだが、用事があるということで出勤してきたそうである。
見たところ、六十を少し越した感じ。しかしそんな年齢を感じさせないほどハキハキ。とっても元気のいいご婦人だ。
ここではミニFMも運営していた。「後でインタビューをさせて」と依頼を受ける。
えへへ。まるで芸能人の気分。なんか嬉しいですな。
ここでは、ありがたい情報も得た。
「井上先生というお医者さんがいるんだけど、ひょっとしたら先生の診療所に泊めてもらえるかもしれないわよ。後で電話して訊いてみるわね」と言われたのである。
堀さんの友人である井上先生は、元々、福岡で病院を経営をしていたのだが、縁あってここ指宿に病院を開業。現在使用されていない診療所があり、そこで宿泊できるかもしれないというのである。福岡で用事を済ませた井上先生は、現在、指宿に向かっているとのこと。
おお、マジですか。嬉しいなあ。ツイているよなあ。水口さんのお宅を経ってからまだ四日。こんなにも早くまた屋内に泊まれるなんて。不意に訪れた幸運に、わたしは喜びを噛み締めずにはいられなかった。

午後四時過ぎ、帰宅される堀さんと共に外へ出る。堀さんと別れた後は、ここからさほど遠くない港へと自転車を走らせた。
こじんまりとした港界隈を散策。コンクリートの堤防の上に腰を下ろし、夕暮れ時を迎える海をばんやりと眺める。
続いて地元の温泉へ。指宿には多くの源泉があるらしく、駅中の観光案内所でもらったイラストマップには、いくつもの公衆浴場が掲載されてあった。
二百七十円という、節約旅にはとってもありがたい温泉で汗を流した後は、指宿駅へ移動。構内の待合所で井上先生からの電話を待つことにした。
でもかかってこない。「七時頃には電話があるんじゃない?」堀さんから言われたその七時はとうに過ぎているというのに。
とうとう午後八時。しかしわたしのケータイは微動だにしない。「おい、鳴れよ!」イラついたわたしは思わず声に出しもした。
待っているばかりが能じゃない。実は、堀さんからは井上先生のケータイ番号を教えてもらっていた。こちらから電話をかけてみる。
しかし、虚しく呼び出し音が鳴るだけだった。
ふーっ。こりゃ困ったなあ。まだ戻ってきていないのか。このまま連絡が取れなかったら、どこかで野宿をするしかないのか。先ほど街中で目にした公園が、脳裏に浮かび上がってくる。とりあえず留守電に「今、指宿駅の待合所にいます」とメッセージを残しておいた。
電車が到着するたびに、家路へと急ぐ会社員や学生たちが続々と改札を抜けていく。
いいですね、帰るところがある人は。わたしの今晩の宿はどこになるんでしょうかねぇ。なんだか、だんだん心細くなってきた。
そうこうしているうちに、午後八時四十五分。さすがにこの頃になると、いよいよもって公園泊が現実味を帯び、わたしの心は野宿方向に大きく傾いていた。
と言いつつ、しつこく井上先生に電話。
でもつながらない。
あーあ。ダメですか……。
さすがにいつまでもここにいるわけにもいかない。いつかは決断を下さないとならない。
もういいや。公園へ行こう。いい加減待ちくたびれたわ。悪がきはよして、ようやくわたしは諦めることにした。期待していただけに激しく落胆はしていますが。
井上先生に三度目の電話。心配するといけないので、「今日は公園に泊まります」とメッセージを残しておく。
重い足取りで構内を出る。うなだれながら自転車に跨ろうとすると、駅のローターリーにトヨタ・ヴィッツが勢いよく滑り込んできた。それが、わたしの目の前で停まる。運転席には、ふっくらとした三十代くらいの男性が座っていた。
男性は、井上先生の元で働くスタッフのよう。ここからすぐ近くという診療所の場所を教わり、後ろからついてくるように指示を受けた。あれこれ心配していた自分が滑稽に思えるほどあっさりとした口調で。
ともあれようやく安堵。これで今夜はちゃんとした建物の中で眠れる。

駅から五分ほどのところに、その診療所はあった。隣の駐車場に自転車を停め、診療所の中へ入ると、先ほど迎えに来てくれた男性と、二十代後半と思しき細身で長身の男性が立っていた。
二人はここで寝泊りしながら、別の場所にある井上先生の病院で働くスタッフとのこと。井上先生のご厚意でわたしもここに泊めてもらえることになった。気を遣ってくれたのか、三十代の男性がプラスチックのコップにお酒を注ぎ、わたしに勧めてくれる。
しばらく三人で話をしていると、わたしに「会いたい」ということで、自宅に戻られていた井上先生がタクシーでやって来た。何が原因かはわからないが、井上先生の両目は視力を失っており、一人では歩くことができない。男性スタッフに付き添われ、井上先生が丸テーブルにつく。
ネットで検索をかければ、関する項目がたくさん出てくるほど井上先生は九州では名の知れた医者とのこと。
二時間ほど話をした後、自宅へと戻られる井上先生を見送るため外へ出る。ううっ、夜風がすごく冷たいんですけど。もう自転車に乗る季節じゃないでしょう。九州本土南端の指宿とはいえ、さすがに夜ともなると寒さが身に染みた。

【2015/05/31 09:40】 | 2010年11月
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午前三時に目が覚める。外では雨が降っていた。実は、昨晩のうちにうすうす気づいていたのだが、眠かったこともありそのまますぐに寝入っていた。
体を横に向け、人差し指でテントの生地を強く押し込んでみる。ひんやりとした感覚がすぐに脳に伝わった。どうやら雨に濡れてしまったようである。もちろん、東屋には屋根がついているため雨を防ぐことはできる。でもそれも上方だけ。壁というものが存在しないので横からは無抵抗なのだ。海が目の前のため、少しでも風が吹けば中に吹き込んでくる。
さすがにこれ以上濡れるのはかなわない。眠い目をこすり、モゾモゾとテントから這い出す。暗い中、フライシートをかけ、雨が当たらない場所までテントを移動。
再びテントの中。マットの上に寝転がり、考えを今日の予定へと巡らせていく。本来は、朝一で指宿に向けて走る予定だったが、この分ではしばらく待機を余儀なくさせられるであろう。
でも別段、わたしの中には動揺はない。むしろ、急な予定変更、これはこれで面白いかも。不思議とそういった感情が湧き起こっていた。そもそもちっとも先を急いでいない。まったく焦る必要はないのである。
これまでのわたしといえば、「物事が予定通りに進むのがよいこと」と信じて疑わなかった。「計画が狂うことは悪いこと」と決めつけていた。
しかしこうして九州を旅していくうちに、そんな考えも徐々に変化。「予定通りにいかないが方が面白い」「予期せぬ事が起こるのが楽しい」そう思うようになっていた。
かつては、自分の頭の中で組み立てた計画を忠実にこなしていくことに喜びを見出していたわたしであるが、今ではむしろ、計画通りに進んでしまうことに物足りなさを感じるようになっていた。一年前には思いもよらなかったことである。
こういった新しい価値観は、思わぬ人との出会いによってもたされた楽しいひととき、また、思いつきで立ち寄った場所での予期せぬ嬉しい出来事、そういった数々のポジティヴな経験を経ることによって形成されたものである。それらがなければ、間違いなくそんな思いには至らなかっただろう。今のわたしは、胸を張ってそう明言できる。そう考えると旅は、「自己発見の場」と言えるのかもしれない。
「出会いは旅の醍醐味」、とはよく耳にする言葉ではあるが、それは他人だけではなく、自分に対しても当てはまるのではないだろうか。わたしにとって新しい自分との出会いも、道中で人と出会うことと同じくらい嬉しい出来事なのだ。こうして旅をしている理由の一つに、まだ見ぬ自分に会ってみたい。そんな欲求を満たすためというものもあるのかもしれない。最近のわたしはそんな風に感じ始めている。
そんなことを考えているうちに次第にうつらうつら。睡魔がわたしの前に現れた。夜が明けるまでまだ時間がある。わたしはそのまま睡魔に身を委ねることにした。

午前六時過ぎ、溶岩なぎさ公園恒例、朝の足湯清掃で目が覚める。水路に当たるデッキブラシの音が朝の静寂を突き破っていく。とってもうるさいが、懐かしくもあった。
テントから出る。雨に煙る桜島に目を奪われた。
雨の中の桜島も悪くないよなあ。なんだか情緒があってとってもいい感じなのだ。
椅子に腰を下ろし、十分ほど眺めていた。
掃除のおじさんによると、この雨も午後には上がるとのこと。というわけで午前中は移動しないことが確定。
特にすることがない。テントの中で横になりぼんやり。ちょっと肌寒いなあ。寝袋にくるまるとたちまち睡魔がやって来た。ガマンする理由がないのでそのまま眠ることに。途中、何度か目を覚めるもすぐにウトウト。
本格的に目が覚めた時には、午前十一時近くだった。
テントのファスナーを下ろし、外に目を向ける。雨は上がっていた。少し頭が重かったが、昨日は五キロしか走っていない。今日も走らないとさすがにちょっと罪悪感。えいや、と気合を入れて起き上がる。
テントの中から運び出した荷物をテーブルの上に並べ、それらをパニアパックの中に詰めていく。しかし、次第に手の動きが鈍くなってきた。体に力が入らないのである。気が乗らないのである。
「無理して走ってもしょうがないでしょう」「「今から走っても大して変わらんでしょう」
そんな言葉が次から次へと頭の中に並び始める。そしてそれと比例するかのように、やる気もどんどん失せていった。
やーめた。もういいや。やりかけのパッキング作業を放り投げ、わたしはテントの中に飛び込んだ。マットの上で横になると、自分でも恐ろしいくらいの速さで眠りの中へ落ちていった。

目が覚めると午後一時。太陽がテントを照り付け、暑くて寝ていられなくなっていた。
ダルさの残った体を引き上げ、外へ。観光客がわんさかいて驚いた。たくさんの老若男女が足湯を楽しんでいる。
以前にも書いたが、ここは足湯目当ての人が多く訪れる公園。しかも今日は日曜日。平日でもけっこうな人出なのだから、それはそれはたくさんの人が来るでしょう。そういえば前回は、おばちゃん軍団にテントを包囲されました。
そうなんですねえ、そんなところでテントを張っているんですねえ。はっきりと認識できる顔は十人はくだらない。
しかし幸か不幸か、三泊目(通算)となるとすっかり慣れてしまった。周りがほとんど気にならない。まるで我が家同然。いや、我が家よりも居心地がいいんじゃないのか。時折、「どうしてこんなところにテントがあるのか?」というような冷たい視線を感じるものの、そちらへ視線を向ければ目を合わせようとしないのだから面白い。どうせ「変な人」と思われているんだろうなあ。
どうだ、悔しかったらおまえらもやってみろ。なんだか優越感も。いやちっとも威張れたことではないんですが。
空腹を覚えた。歩いてファミリーマートへ行き、カップ焼きそばを食べる。というか、前回と行動パターンが一緒なんですけど。まったくもって、バリエーションに乏しい人間である。
食後にガリガリ君もいただく。十月も今日で終わり。まさかこんな時期にアイスを食べるとは思ってもみなかった。雨上がりということもあって、やけに蒸し暑いのです。
暇なので近くの国民宿舎に行ってみる。フロントの壁にはサッカー日本代表の遠藤選手のユニフォーム。
サッカーに興味のある人でさえ知っている人は多くないが、実は遠藤は桜島の出身。きっと「桜島の星」とかなんとかで飾ってあるのだろう。
しかしなあ、レプリカっていうのはどうなんでしょうか。本人が見たら泣くと思いますよ。なんだかとっても安っぽく見えるんですよ、これがまた。
暇を持て余していたということもあり、遠回りして公園へと戻ってみる。五分しか違わなかった。
ふと後ろを振り返る。桜島がくっきりとその姿を現していた。今朝とは打って変わって空は快晴。空の青と桜島の灰色のコントラストが実に見事だ。
テントの中に入り、ボーっと。
あーあ。やる気が起こんねぇ。
こんな時は、溜まっている日記でもつければいいのだろうが、生憎、気が乗らない。
一応、頑張ってみたが五分ともたなかった。
仕方がないので読書。『愛と死』の続き。そういえば、読むのは前回の桜島以来だ。
あー、でもダメ。目が文字を追うだけでまるで内容が頭に入ってこない。というか、もはや何もやる気が起こらない。このままずーっと横になっていたい。一歩も動きたくない。自転車なんか乗りたくない。はーっ。無気力全開。これって立派なウツの兆候じゃなかろうか。もう家に帰りたいなあ。そんなことさえ思う。はーっ。なんでおれはこんなことをやっているのだろうか。今旅は、自分を変えたいと思いもあって九州にやって来た。でもうまくいかないことがあるとすぐにしょげてしまう。そういうところも変えたいんだけどなあ。あーあ、ダメじゃん、おれ。全然変わっていないじゃん、おれ。いや、ちょっとは変わっているはずなんだけど……。
あー、嫌だ嫌だ。考えることはもう嫌だ。今はただひたすらボーっとしていたい。
もうダメ。頭が爆発しそう。
無理矢理本と向き合う。開き直ったせいか、今度は少しは頭に入るようになった。

午後六時、Aコープで買ってきた発泡酒を片手に東屋の階段に腰を下ろす。プルタブを引き上げ、発泡酒を口の中へ流し込む。すぐに酔いが回り始めた。
ほろ酔い加減でぼんやりと海を眺める。白い灯りに包まれたフェリーが海上を行き交っていた。
テントの中に入り、横になる。あれだけ寝たにもかかわらずすぐに眠くなって落ち込む。おれはどんだけ眠れば気が済むのか? えも言われぬ不安感が胸に込み上げてきた。
はーっ。またしても嘆息。
心の中は真っ暗だ。
しばらく目を瞑っていると、不安感とともに次第に意識が薄れていった。

【2015/05/31 09:36】 | 2010年10月
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目を覚まし、ケータイを見る。午前六時半だった。わずか三時間の睡眠時間である。
あーあ。昨日に引き続き、またしても寝不足の朝を迎えてしまった。
横になったまま、ぼんやりとした頭で今日一日の予定を組み立てていく。まずは朝一で、西南戦争の際、最後の激戦地となった城山公園に足を運ぶ。その後は、南九州市の知覧まで移動。ここでは、太平洋戦争末期、沖縄決戦に飛び立った若い特攻隊員の遺品、遺影、遺書などを展示した「特攻平和会館」を見学。阿蘇で出会った工藤さんに「是非に」と勧められた場所だ。そして時間が許せば、薩摩半島南端の街、指宿まで足を延ばす予定。
午前七時過ぎ、ネットカフェを出る。路地脇に停めた自転車に荷物を積んでいると、突然、一人のおばさんが話しかけてきた。
「あなた独身?」
「ええ」
「うちの息子もそうなのよ。三十四なんだけど、まだ独身なのよ。でもいいよね?」
「ええ。いいんじゃないんでしょうか」
「あなたは結婚する気はあるの?」
「いえ、ないですけど」
「うちの息子もそうなのよ。でもいいよね?」
「いいと思いますよ。息子さんの人生なんですから。早く子離れしてあげてください」
「そうよね」
「もしかしたらそのうち結婚したくなるかもしれないし。わたしだってどうなることか。先のことはわかりませんよ」
「そうよね。そうだよね! ありがとう!」
納得した顔のおばさんは、そのままどこかへ去っていった。
しばし唖然。
今のはなんだったのだろうか。謎である。

土曜の早朝ということもあってか、昨日はたくさんの人で賑わっていた大通りやアーケードは、拍子抜けするくらい閑散としていた。朝の冷気を感じながら、そこをゆっくりとペダルを漕いで進んでいく。
五分ほどで城山公園の麓に到着。さて、とっとと見て知覧へ行きますか。と思ったら目の前に神社。照国神社。うーん、なんか気になるなあ。ここで見てしまったのもなにかの縁。ま、急いでも仕方ないし。寄っておきますか。
手入れの行き届いた松の木がとっても美しい、広々とした敷地内を練り歩く。掃き掃除をしていたおじさんによると、城山公園までは急な坂道が続くそうである。
うーむ。朝っぱらから重労働は避けたいところである。寝不足だしなあ。自転車を置いて徒歩で行くことにした。
石段を上っていると、ドイツのサッカークラブ、シャルケの青いユニフォームを着た青年が下りてきた。
なんてマニアックなのか。シャルケのユニフォームを着ている人なんてはじめて見たぞ。お主、かなりのサッカー通だな。
「内田が今年、入団しましたよね」
わたしがそう言うと、青年は嬉しそうな顔をして微笑んだ。
なにかの亜熱帯植物に囲まれた遊歩道を、一歩一歩踏みしめるかのように足を前に繰り出していく。トレーニングウェアに身を包んだご婦人が脚を伸ばすなどのストレッチを行なっていた。話しかける。毎朝、健康のために頂上まで登っているとのこと。有り難いことに一緒に登ってくれると申し出てくれた。
二人でおしゃべりしながら、ゆっくりと遊歩道を登っていく。
ほどなくして、心地よい疲労感とともに頂上に到着した。辺りには、朝の散歩をしている年配の人たちがちらほら。そして展望所へと歩を進めると、わたしは思わず息を呑んだ。
おおっ! すっげー!
ビルがひしめき合う市街地の向こう側には、錦江湾を挟んで桜島の雄姿を目にすることができたのだ。しかも、周囲の人間と桜島と対比してみると、これが想像をはるかに超えたド迫力。桜島単体だけ見るとそうでもないのだが、人間と一緒に視界に収めると、その大きさを強く実感できるのだ。
そういえばこんな対比、釧路湿原でもやったよなあ。一ヶ月半前のことがまざまざと脳裏に蘇ってくる。季節が夏だったこともあり、なんだかアフリカの草原を見ているかのような錯覚を覚えた。いやー、懐かしいです。
人工物であるビル群と雄大な自然の桜島といった全く対照的なものが、一度に視界に収めることができたことも、きっとわたしが魅せられた要因の一つであろう。
これまで散々目にしてきたため、もうそれほど桜島に感動することはないと思っていたのだが、いい意味で裏切られた。
「こんなにもくっきりと桜島が見えるのは、月に数えるほどなんですよ」
ベンチに腰を下ろし、菓子パンをかじりながら水の入ったペットボトルに口をつけていると、近くにいた初老のご夫婦が話しかけてきた。
おお。ということはわたしはすごくツイているというわけですか。
幸福感に包まれながらぼんやりと桜島を眺めていると、先ほどのご夫婦が再びやって来て、桜島大根の漬け物が入ったタッパーをわたしの前に差し出した。
「よかったら、あっちにお茶もあるから」と言って招き入れられたのは、六畳ほどの広さの小さな土産物屋。
見知らぬ旅人のわたしに、女性店員がかいがしくお茶を注いでくれる。ご夫婦との親しげな会話から察するに、どうやら顔馴染みのよう。漬け物の入ったタッパーも、店の冷蔵庫に置かせてもらっているようである。
なんというおおらかさなのか。わたしはささやかな感動を覚えた。ここは気取った観光地ではなく、地元民が集う憩いの場なのだ。
敷地を横切り、反対側へ。城山公園を後にする。時折木漏れ日が差し、爽やかな風が吹き抜けていく。舗装された道をてくてく。
途中、屋久杉を掘り抜いて造られた、たくさんの置物が陳列されたお店を冷やかす。一般庶民ならまず手が出せない何百万円もするモノがズラリ。でも売れている気配はありませんでしたな。
そこから少し下ったところに「西郷洞窟」。西南戦争時、西郷隆盛が政府軍から身を潜めるために篭った洞窟である。
想像していたのとだいぶ違っていて驚く。奥行きがわずか一メートルほどなのだ。雨宿りならまだしも、五日間もここにいたとは。さぞかし難儀だったことだろう。
すぐ近くには、軍服に身を包んだ西郷隆盛の銅像もあった。八メートルものビッグサイズ。凛々しい上野の西郷さんとは違い、こちらは漫画チックなお顔でございました。
三百メートルほど下ったところには「西郷隆盛終焉の地」。そこにも足を運ぶ。てっきり先ほどの洞窟で亡くなったと思っていたのだが、実はこの場所で自決したとのこと。
鹿屋の航空史料館で話を伺った自衛官によれば、やはりと言うべき、鹿児島県民にとって西郷さんは、英雄という位置づけになっているらしい。てんで幕末に疎いわたしであるが、こうやって西郷さん縁の地を巡っていたら、なんだか興味が湧いてきた。家に帰ったら本でも読んでみようかな。いや読まないな。いつも思うだけなんです。

県立図書館を覗き、自転車の元へ戻ってきた時には午前十時半を回っていた。
はーっ。なんか幸福感。たまにはこうやって歩くのも、気分が変わっていいもんだ。爽やかな秋晴れということもあるのだろうが、なんだかとっても清々しい気分なのである。
結果、今から走るのがとっても馬鹿らしく思えてくる。知覧へ行くには山越えがあるらしいしなあ。それにもっと言ってしまえば、眠くて動きたくない。
というわけで、予定変更。今日は一日のんびりすることに決める。とりあえずコーヒーでも飲んでゆっくりしますか。とはいってもわたしの場合、喫茶店ではなくドコモショップなんですが。そう考えただけでちょっと気分が高揚。本来と異なる目的で利用するのがなんだか楽しいのです。
早速、昨日訪れたドコモショップへ。ケータイを充電器にセット。コーヒーをすすりながらスポーツ新聞に目を通していく。優雅な土曜日のひととき、といった感じ。気持ちよすぎて、つい途中でウトウト。一時間ほどくつろがせてもらった。
次は、今朝出てきたサイバックへ。とはいってもネットをやるのではなく、シャワーで汗を流すことが目的。実は、退店時に一時間の無料券をもらっていた。もう利用することはないのでこのままだと単なる紙切れ。もったいないので、ここでシャワーを浴びて今晩の風呂代を浮かせようという魂胆なのである。
またまた本来とは異なる目的。こんなことを思いつくおれって、なんて天才なんだろう。ともあれ、こんなことがとっても楽しい。
ネットカフェを後にして今度はフェリーターミナルへと自転車を走らせる。これから桜島に渡ろうというのである。別に桜島に行くのが目的ではなく、単なる桜島フェリーに乗るという経験をしてみたいだけ。今晩は桜島で一泊して明日にはまた戻ってくる。
そう考えると、これってかなり贅沢な時間の使い方なのかも。
ゆったりとした気分で自転車を漕いでいく。ローソンの壁に、たくさんの荷物をつけた自転車が立てかけられているのが目に入った。紛れもない旅人の自転車である。これは探すしかないでしょう。
早速店内に入り、捜索開始、奥の雑誌コーナーに一人の青年がいた。Tシャツにジャージのハーフパンツといった、すこぶるラフな出で立ち。周りの目を気にすることなく何かのマンガの単行本を熟読。明らかに他の客とは雰囲気を異にしていた。
「すいません、表の自転車ってあなたのですか?」
逸る気持ちを抑えて声をかけてみた。
青年がゆっくりと顔をこちらに向ける。
「ええ」
はい、ビンゴ! やっぱりそうでした。
自宅のある山梨を出発し、日本一周中の加賀美さん。午後四時発の沖縄行きのフェリーを待つ間、ここで時間を潰していたそうである。
のんびりペースのわたしとは違い、加賀美さんはガシガシ走るタイプ。一日の走行キロ数も三桁いくのがほとんど。一つの県に一日しかいないことも珍しくないそうだ。
そんな高速移動の加賀美さんだが、生憎、北上中の台風の影響のため、ここ鹿児島で三日間足止めを食らっていた。でもおかげで、普段はほとんどすることのない観光が出来たと言って喜んでいた。中でも、以前放送されたNHKの大河ドラマ『篤姫』のロケ地ともなった仙巌園がかなり気に入ったよう。「『篤姫』見ていたんですよ。すごくよかったですよー」目を輝かせて語ってくれた。
で、わたしは、そんな加賀美さんを少し眩しい目で見ていた。こっちは毎日どこかしらに寄っている。観光なんか珍しくもなんともない。大いに感激している加賀美さんにちょっと嫉妬心を覚えたのである。
しかし、加賀美さんには加賀美さんでまた別の思いがあったよう。わたしがのんびり走ることによって生まれた数々のエピソードを披露すると、途端に羨ましそうな顔をしたのである。
「急いで走ると、どうしてもそういうことに出会える機会って少なくなりますもんねぇ」
いわゆる、「隣の芝は青く見える」ってやつでしょうか。
ここで、なんだかいい気分になったわたし、「いかにのんびり走るのがいいことか」を加賀美さんにとうとうと語ってしまう。後から振り返れば、さぞかしウザかったこととだろう。この場を借りて深くお詫び申し上げます。
さすがに話が長くなってきた。とっくに迷惑だったろうが、店側に気を遣って外へと場所を移して話の続き。結局、二時間も話し込んでしまった。
さて、そろそろ別れの時間。加賀美さんは所要時間二十五時間の沖縄行き、一方わたしは十五分の桜島行きのフェリーに乗船するため、それぞれのフェリーターミーナルへと向かった。

フェリーの甲板に自転車を運び入れたわたしは、少し不安になっていた。料金所らしきものがどこにもなく、お金を払わずにそのまま乗船してしまったのである。
ま、いっか。だってなかったんだもん。しょうがないでしょう。
そういうことにして二階へと上がる。通路の手すりによりかかって海を眺めていると、「九州一周中ですか?」と背中越しに声をかけられた。振り返るとそこには中年男性二人組。やはり自転車旅行者は珍しいのか、わたしが「自転車で」と明かすと、「記念に写真を撮らせてください」と頼まれた。「ええ。いいですよ」恥ずかしながらピースサインで応える。
桜島が徐々に迫ってくる様にはすっかり魅せられた。無論、そちらに向かっているのでそう見えるのは当たり前といえば当たり前なのだが、船上から見るのははじめてだったこともあり、わたしにはとっても新鮮な光景に映ったのだ。また新たな桜島の顔が見れて嬉しいなあ。
下船後、自転車を進めていくと、高速道路で見かけるような料金所が現れた。なるほど。自然とここを通ってお金を払うシステムになっているわけですね。うまくいけば無賃乗船ということも期待していたのだが、さすがにそんなわけありませんか。二百五十円を払って通過する。
二日連続で寝不足。今日はとっととテントを張って早目に床に就くことを決意し、前回泊まった溶岩なぎさ公園の東屋へと自転車を走らせる。
しかし到着すると、そこでは数人の人々が思い思いの時間を過ごしていた。手すりにもたれながら錦江湾を眺めている人。桜島らしき絵を描いている人。実に様々だ。
うー、なんか気分悪し。たったの二泊しかしていないが、すっかりここはわたしのパーソナルスペース。勝手に自分の家に上がり込まれたような不快感を覚えたのだ。すぐにテントを張ってしまおうという目論見が崩れたということも大きい。
ごらあ、おまえら、誰の許可を得て入ってきてんだ。とっとと出て行かんかい。いや、立派な立派な公共の場所なんですが。
諦めて、人がいなくなるまで椅子に座って待つことに。スケッチブックに向かっていた中年男性が話しかけてきた。明日知覧に行くことを口にすると、鹿児島からだと坂がキツイので指宿経由で行くことを勧められた。おお。さすが地元民。できるだけ辛い思いはしたくないので、是非そうしよう。
その後も、「この辺りには野生のイルカが五百頭生息している」「この前、奄美で降った雨は五十年ぶりの大雨」「桜島には縄文時代から人が住み着いている」そんなウンチクをわたしに披露してくれた。

午後五時、Aコープで買い出し。東屋に戻り、発泡酒のプルタブに手をかけようすると、今度は一人のご婦人が声をかけてきた。柔らかな物腰でやけに溌剌とした人。寝不足なので、発泡酒をぐびっとやってとっとと横になりたかったのだが、せっかくなので相手をしてあげることに。
つまみにしようと思っていた柿の種の小袋を一袋あげる。対岸の鹿児島市街に在んでいるというこのご婦人、ちょくちょく桜島に遊びに来ては旅人と話すのが趣味というちょっと変わった人だった。
で、その通り。こちらがたじろくほどの勢いで、次から次へと様々な質問を浴びてしまう。さすがに血液型まで訊かれたのは驚いた。そんなことを訊いてどうするのか。こんなの、北海道と九州と旅してきてはじめてだぞ。
結局、一時間にも渡って話をしてしまった。
午後六時半、すっかりぬるくなった発泡酒を飲み終え、早くも就寝。今日はよくしゃべったなあ。マットの上で仰向けになり、今日一日のことをぼんやりと振り返る。少なく見積もっても通算で五時間は話していただろう。ちなみに自転車での走行距離は五キロ。きっと三十分も走っていない。なんと会話時間の十分の一だ。
あはは。これはもう笑うしかありません。他の人にはどうってことないことかもしれないが、こんなギャップがわたしにとっては楽しい。正直、毎日走っていてもつまらんのですよ。たまにはこんな日があってもいい。こんなことが旅に変化を与えて面白くさせてくれるのだ。

【2015/05/31 09:32】 | 2010年10月
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目が覚めた時には午前六時半。うー、完全な寝不足じゃ。頭がボーっとしている。
もう少しこのまま寝ていたところだがそうもいかない。いつの間にやら、すぐそばでは数人の男性が朝のランニングを行っていたのだ。さすがにこれ以上人が増えたらまずい。その前にさっさと撤収しないと。
テントを畳み、自転車に荷物を載せ、午前八時出発。
昨晩と今朝は、やけに寒さを感じていた。前回野宿をしたのははるか二週間前のこと。ちなみに、明々後日から十一月だ。どうやら、知らないうちに冷え込みが厳しくなっていたようである。
とはいうものの、いまだにノースリーブシャツにハーフパンツという、地元の新潟なら罰ゲームのような出で立ちでいられるのだから、やはり鹿児島は暖かいのだろう。
今日まずすることといえば、蒲生の大クスを見に行くこと。昨晩ツーリングマップルを眺めていたら、記載されていることに気がついた。日本一の大クスで樹齢千五百年。八幡神社の境内にあるそうだ。その後は、鹿児島市内に向けて走り、到着次第観光でもするつもり。
国道一〇号線を西へと進む。さすがこの辺りの幹線道路、まだ朝の八時過ぎだというのに車の往来がひっきりなし。
姶良橋を渡り、途中で右折。すると、いきなり登校中の自転車通学の中学生の波に飲み込まれてしまった。途切れる気配はなし。次から次へとやって来る。
それにしてもみなさん、朝からとっても元気がよろしい。何かに取り憑かれたかのように一生懸命ペダルを漕ぎ、わたしをかすめるように猛スピードで走り去っていくんだもん。おかげで、のんびり走っているこっちはヒヤヒヤしてしょうがない。仕方ないのでこっちも一生懸命。ギアを重くして対抗。集団から抜け出した時には心底ほっとしましたな。
周囲に山を眺められる、のどかな県道四二号線に入る。ようやく体が温まってきた。もう寒さは感じない。いつの間にか背中にはじっとりと汗が滲んでいた。自転車を停め、着ていたコロンビアのジャケットを脱ぎ、再びペダルを漕ぎ出す。よし、このまま一気に大クスへ。
と、いきたいところなのだが……。うーん。なにやら違和感が。
いやね、なんか急ぎ過ぎているんじゃないかと。目的地を定めると、どうしても早くそこへ行きたくなるというわたしの悪いパターンに陥っちゃっているのではないかと。そんな気がしてならないのです。
というわけで、一度通り過ぎたコインランドリーへと引き返す。溜まっている洗濯でもして、急ぎがちになった気持ちを鎮めようと思ったのである。
洗濯している間、地元のおばちゃんとおしゃべり。せっかくなので、鹿児島市内のおすすめの観光スポットを尋ねる。
「うーん、あんまりないんだよね。城山公園くらいかねえ……」眉間に皺を寄せて教えてくれた。
うーむ。やっぱりそうですか。ガイドブックを食い入るように見るも、ちっとも食指が動いてくれないんですよ。
「桜島では火山灰が見れずに残念だった」と言うと、すかさず怪訝そうな顔をされた。「火山灰なんて見飽きているわよ。降らなくてもいいわよ。なんでそんなの見たいのかねえ」まくしたてられるように言われてしまいました。
「そうそう。新聞に出ていたけど、桜島の灰の入った缶詰がバカ売れしているらしいわよ」とおばちゃん。「こっちじゃあ単なるゴミなのにねえ」
へー、そんなことでも商売になるのか。地元では単なるゴミでもところ変わればちゃんとした売り物になる。捉え方の違いなんだろうなあ、こういうのって。

午前十時、八幡神社に到着。さてさてお目当ての大クスは……。
「おお! すっげー! なんじゃこりゃー!」
参道を進んでいくと、見たこともない巨大な木が視界に飛び込んできた。四方八方に広がるどっしりとした根。その上にはぶっとい幹がそびえ、そこからはくねくねした何本もの枝が天に向かって伸びていた。
わたくし、いきなり鳥肌が立ってしまいました。
近くにあった説明板によると、環境庁が昭和六十三年に実施した巨樹・巨木調査で日本一に認定されたとのこと。
へー、これが正真正銘、日本で一番大きな木なのか。こりゃ、たしかにすごいわ。
そして、その威容以上にわたしの心を捉えたのが大クスから発せられる強大なエネルギーだった。根、幹、枝、葉、いたるところからビンビン放射されてくる。見ているだけでヒシヒシと伝わってくる。生命力に満ち溢れ、冗談ではなく今にもノッシ、ノッシと歩き出しそうだ。
ジブリ映画ならまず間違いなくここで動いてくれたことだろうに。「木って生きているんだなあ」まざまざと実感した。
二階建ての、茶屋みたいところで巫女さんとお話。やはり、大クスからは何かのエネルギーが出ているよう。手をじっとかざしているだけでじんわりと温かくなるそうだ。「ここに勤め出して五年、一回も風邪を引いたことがない」とも言っていた。
大クスのエネルギーに魅せられ、数多くの有名人も訪れる。中でも、茂木健一郎は大のお気に入りの場所で年に一回は必ず来るそうだ。おお、それはすごい。脳科学者のお墨付きですか。
三十分ほど話をした後で、巫女さんから「二階からも見ていってくださいよ」と畳敷きの部屋に案内された。開け放れた窓の向こうには大クスが間近に見える。
腰を下ろす。足を前に投げ出し、後ろ手をつき、心と体をリラックスして眺める。やはりエネルギーが伝わってくるのをヒシヒシと感じる。
ケータイのカメラで大クスを撮ってみると、天気は薄曇りにもかかわらず、なぜか撮影された大クスは光り輝いていた。光の矢がカーテン状になって写っている。
はーっ。思わずため息。えもいわれぬ神々しさを感じた。
十五分、じっと眺めていた。何度もため息を漏らした。

八幡神社のすぐ近くには「蒲生観光交流センター」。純和風の落ち着いた佇まいに惹かれたこともあり中へ入ってみる。陳列された地元の特産品や工芸品を眺めた後は、従業員のおばちゃんとおしゃべり。
「自転車で九州一周中なんです」と明かすと、おばちゃんは絵に描いたように目を丸くして驚いてくれた。
「いやー、わたしみたいな旅行者、珍しくないですよ。いっぱいいますよ」
照れながらそう口にすると、言い終わったまさにそのタイミングで、荷物を満載にした自転車が道の向こう側に現れた。
「ほーらね。こんな感じで」ニッコリ微笑むわたし。
おばちゃん、思わず苦笑い。
あはは。なんというグッド・タイミングなのか。偶然にもほどがあるでしょう。「もしかしたら、わたしたちの会話を聞いていたんじゃないのか」そう思ってしまうほどだ。
乗り主は、これから西表島に移住するという浦田さん。日本各地を走ってきたベテランツーリストだ。
同い年のよしみもあり、二時間も話し込んでしまう。おそらく、浦田さんが「そろそろ……」と口にしなければまだ話をしていたことだろう。
午後一時半、鹿児島空港に向かう浦田さんに合わせて一緒に走り出す。すぐに浦田さんと別れ、わたしは一路、鹿児島市内へ向かった。
しかし、十キロも行かないうちに早くも休憩。お腹が空いたのでファミリーマートでカップ焼きそば。いいですね、このやる気のなさ。
ところが気を抜きすぎたせいか、途中で道を間違えてしまう大失態。あちゃー。どうしましょう。コンビニの駐車場に自転車を乗り入れ、そばに立っていたおばさんに道を尋ねた。
「それなら、あっち」
おばさんは簡潔に答えた。
あぶねー。わたくし、まるで逆の方向へ向かっていました。
というわけで、Uターン。国道一〇号線を鹿児島市内に向けてひた走る。うー、道幅は狭いわ、交通量は多いわ、走りづらいことこの上ない。大分、、宮崎、鹿児島、一〇号線はどこを走ってもこんな感じだ。こんなことで一〇号線を強く実感。なんとかしてくれー、国土省ー。
景色を眺めながらのんびり走ろうと思っていたが、これじゃあ危なくて仕方ない。速度を上げ、一気に鹿児島市街を目指すことにした。
これが正解。風を切り裂いていくスピード感と、次々とアップダウンを乗り越えていく達成感、そして桜島と錦江湾の眺望のよさが、自然と気分を高揚させてくれたのだ。よっしゃー、気持ちいいぜー。
しかしトンネルだけは怖かった。暗がりのトンネルの中を車がビュンビュン通過していく。
路側帯がほとんど存在しない車道を走る勇気はない。車道より一段高くなっている歩道を行くことにした。
失敗であった。自転車の両側につけたパニアパックが、壁とガードレールに挟まれ、身動きが取れなくなってしまったのである。
あんだよー。交通整理の兄ちゃんの「多分通れますよ」という言葉を信じてきたのにー。
いつまでも恨んでいても仕方ない。地面に両足をつけ、そろり、そろりとバックを敢行。パニアパックがこすれてしまうが致し方あるまい。それにしても恥ずかしいったらありゃしません。
トンネルを抜けてしばらく進んでいくと、「東郷平八郎の墓」の案内標識。せっかくなので寄っておきますか。
しかし右折して向かうと、それははるか高台の上にあった。
あ、いや、どうしても見たいというわけじゃ……。しばし思案した末、Uターン。我ながら軟弱。
近くに小さな神社があった。こっちは本当に寄ることに。
財布から十円玉を取り出し、賽銭箱に投げ入れ、参拝。日高さんに、「道中目にした神社で『走らせていただきありがとうございます』」とお参りしていくといいと、アドバイスを受けていたのである。
言われてみればたしかに。ここに住んでいる人たちの税金で道はできている。そのおかげでわたしはこうして走ることができるのだ。感謝の気持ちは大事ですよね。

街中に入ったらしく、車線の増加とともに車の台数も一気に増えた。なんだか都会の雰囲気。うー、それにしてもどこを走っているのやら。道が縦横至るところに延びており、現在地がわからないのである。
海の方角ならわかったのでそちらへ向かうことに。桜島行きのフェリーターミナルを目指して自転車を走らせる。いやなんとなく。
強風吹き荒れる中、フェリーターミナルの建物は建っていた。そういえば、台風が来ているんでしたっけ。近くで車を誘導していたおじさんによると、やはり鹿児島からは逸れたとのこと。おお、そうですか。なんだか神様に守られているような気がいたしますね。
街中に戻ってくる。鹿児島市役所で中心街の地図をゲットし、玄関前でスーツ姿の上品そうなおじさまとしばし立ち話。
わたしが、「火山灰が見れなくてがっかりしているんですよー」と口にすると、「ほら、ここ」、と歩道の目地を指差してきた。なんだろう、と不思議に思いながら視線を落とす。するとそこには、砂のような黒い粒が散在していた。
そう、火山灰である。
おお。マジですか。これがあの有名な桜島の火山灰ですか。嬉しくなってすぐさま腰を落とし、人差し指と親指でこすり合わせてみる。サラサラして実にきめが細やかだ。
しばし感動。これでようやくスッキリした。念願の火山灰を見れたことで、胸の中にはえもいわれぬ満足感が広がっていった。

鹿児島市の繁華街らしい「天文館」という地区へ。広い道路の両側に店舗の入ったビルがズラリと並んでいる様は、東京に似てなくもない。
今日はネットカフェ泊。こんな都会に、テントの張れそうな公園などないと踏んだのである。前回泊まったのが宮崎なのでおよそ一ヶ月振り。
地図を頼りに、安さだけがウリの「自遊空間」に足を運ぶ。しかし、ナイトパックが夜の十時からだった。うーん。さすがに十時まで待つのはちょっと……。
さて、どうしましょう。地図を見ながら思案していると、他にもいくつかネットカフェが載っていることに気がついた。あっ。そっか。なにもここにこだわる必要はないのか。自遊空間より安いところがないとは限らない。
で、三軒目に訪れた「サイバック」が当たりだった。新規入会なら、なんと十二時間で九百八十円という激安ぶりなのである。しかもシャワーが無料で使えるというステキなところ。もう、ここしかないでしょう。
しかし一つ、問題が。実はわたし、東京の中野サンプラザ店ですでに入会を済ませているのだ。そう、新規でもなんでもない。
うーん、どうしましょう。しかしなあ、通常料金だと高いしなあ……。
ま、いっか。入会はしていないことにして。スタンプカードはあるが、会員カードはもらってはいない。入会者の管理登録は行っていないようなのである。きっと、わたしの演技次第でうまくだませるはずだ。よし、それでいこう。
夜にはまだ時間がある。さっき目にしたドコモショップへ。充電という名の休憩。コーヒーをすすりながらスポーツ新聞を読んだり、メールを打っていく。
午後七時になったところで、ドコモショップを出る。近くのスーパーで買い出し。そして、サイバックへ。
「わたし、はじめてなんですぅ」というウソをつき、入会手続き。一切疑われることなく、若い女性スタッフからスタンプカードを渡された。
あー、よかった。バレずに無事通過できました。
白を基調とした店内はモダンでこぎれい。残念ながら自遊空間には真似のできない芸当である。
個室に入ってもその印象は変わらず。しかも、横になるには充分過ぎるほどのスペースがあった。わたくし、たいそう気に入りました。
そんな居心地のよさもあってか、午前三時まで雑誌を見たり、ネットをやってしまう。
ま、予想はついてましたけどね。

【2015/05/31 09:29】 | 2010年10月
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